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      <title>サラリーマン川柳～せつなくて、おかしいね～</title>
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      <description>人気急上昇◎ 切なくもおかしいリーマンたちの心の叫びを１７文字にこめるんだぜ！</description>
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         <title>エネルギーと医学　4</title>
         <description>生命場という、宇宙の創造的な力のことです。


・・・たとえば、わたしの目の前に椅子があります。


そこで、わたしはその椅子を分析し、それがつくられている要素に還元しようとします。


椅子職人が木を削り、丸みをつけて椅子の脚をつくりました。


座板に曲線の窪みをつけて、楽に座れるように仕あげました。


そして最後に、座ってもくずれないように、しっかりと固定しました。


・・・しかし、そもそも、その椅子の材料である木が最初にどのようにして生まれたのかについては、ほとんどわかりません。


いまの科学者には答えられないのです。


・・・おそらく、将来も答えられることはないでしょう。


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         <pubDate>Mon, 06 Feb 2012 12:02:55 +0900</pubDate>
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         <title>エネルギーと医学　3</title>
         <description>心電計、脳波計といった、もっとも普及している機器は、バー博士の考えが正しかったことを証明するものです。


・・・しかし、医学はまだ病気の予知やさらに詳細な診断の可能性という、バー博士の深い知見まではじゅうぶんに活用するにはいたっていません。


生物に生じる現象のほとんどは通常の物理的・化学的な力によって説明することができると信じている人たちがいます。


生物学者は、生物学が進歩さえすれば未知の現象も説明できるようになると主張します。


もっぱら化学的なプロセスだけに目を向けている化学者は、化学が進歩さえすれば未知の自然現象も説明できるようになると信じています。


物理学者は素粒子の世界でのさらなる発見を期待しています。


その人たちにとっての「生命」とは、分子構造という興味のつきない遊技場です。


しかし、いのちは機械論や要素還元主義の限界をこえています。


従来の生物学・化学・物理学のことばでは、いのちを説明しきることはできません。


ある決定的な要因に気づいていないからです。

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         <pubDate>Fri, 06 Jan 2012 12:02:23 +0900</pubDate>
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         <title>エネルギーと医学　2</title>
         <description>生命場についておこなわれている数多くの研究のなかで、わたしはヴァレリー.V.ハント博士の研究に注目しています。


・・・それは1980年代、博士がUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)に在籍していたときの研究です。


博士は人体そのものがひとつの電磁場であるかもしれないという可能性を示す研究を発表しました。


博士の実験は、電場と磁場がそれぞれ自由に調節できる特殊な部屋のなかで、ダンサーを使っておこなわれました。


磁場が消されると、ダンサーはいつも熱狂的になり、支離滅裂な動きを示しました。


部屋に残っている電場の影響でダンサーが神経障害を起こし、空間における方向感覚に異常をきたしていたのです。


磁場をあげていくと、ダンサーは調和のとれた動きをするようになりました。


・・・いまでは、診断機器としての電磁機器の利便性はひろく認められています。

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         <pubDate>Tue, 06 Dec 2011 12:01:53 +0900</pubDate>
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         <title>エネルギーと医学</title>
         <description>自分のなかのなにかが、この研究はライフワークにつうじる道を指し示していると告げていました。


・・・そして、わたしはのちに、その道がたしかに、ひじょうに実り多い道であることを見いだしたのでした。


東洋では何千年も前から、似たような生命エネルギーの概念が認められてきました。


中国人はそれを「無」と呼び、日本人は「気」と、インド人は「プラーナ」と呼んできました。


残念ながら、アメリカにはそれを呼ぶことばがないのです。


バー博士の実験は長いあいだ、人びとの認めるところにはならなかったのです。


従来の科学的な知識からはかけ離れたものだったからです。


じつのところ、もしバー博士が『エール大学生物学医学雑誌』の編集を担当していなければ、おそらくは研究発表の場すら得られなかったことでしょう。


・・・しかし、この10年間に、同じ領域の研究が数多くおこなわれるようになり、いまでは「エネルギー医学」というあたらしい名称さえあたえられるようになっています。

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         <pubDate>Sun, 06 Nov 2011 12:01:12 +0900</pubDate>
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         <title>「自主」とは似て非なるもの　3</title>
         <description>世間一般で言うところの「自主」とは、外見上の「やらせ」を弱めるだけのものであるようです。


「リード」とは、「管理」の反対です。


しかしまた、いわゆる「自主」とは、似て非なるものです。


「リード」は、なまやさしいものではありません。


管理とは反対側の、しかもそれ以上の強い力を要します。


なにしろ、オリンピックではありませんが、人びとが自分たちの目標を掲げて、己の人間力で、その実現に全力投球で生きていくような仕事集団活動を生み出すものです。


そのための、限りない闘いなのです。


創造的であらねばならないし、リスクも伴う。


勇気も必要とします。


だから素晴らしいのです。


爽やかなのです。


幸いにも私は、組革研で毎月それを味わっています。

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         <pubDate>Mon, 31 Oct 2011 14:31:02 +0900</pubDate>
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         <title>「自主」とは似て非なるもの　2</title>
         <description>このミーティングで、先の測定器メーカーの部長の話と同じ情景に出会ってしまったのです。


・・・というのは、目標を達成しえない部門の長の態度とそれに対するトップ層全員の反応についてです。


達成できなかったということが、それほどの大問題ではないらしいのです。


片や「管理」の、片やいわゆる「自主」の典型的な組織です。


企業規模にもそう大きな違いはありません。


この両社の組織集団において、目標や課題が、是が非でも達成したいもの、せねばならないものになっていないという、同じ現象が生まれているのです。


たしかに両社とも、業績の上では高度成長を維持してきています。


しかしそれは、どうみてもマネジメントの成果であるとは、私には思えません。


市場に恵まれてきたことが大であったのだと思います。


後者の場合はそれに加えて、社長の素晴らしい人がらとその思想の存在もあると思います。


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         <pubDate>Sun, 11 Sep 2011 14:30:26 +0900</pubDate>
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         <title>「自主」とは似て非なるもの</title>
         <description>数カ月まえの組革研に参加したある測定器メーカーの生産部長が、


「(わが社ではみんなが)目標を達成してもべつに喜ばないんですよ」とぼやくので、私が


「それじゃ、未達でも悔しがらないでしょ」と言ったら、


「そうなんですよ」と、その答に力が入ってきました。


トップダウンが多く、管理体質の強い会社です。


ただし、業績は好調で、2桁ちかくの成長を続けて今日に至っていました。


その直後に私は、ある流通業の中堅企業のトップミーティングに参加することになっていました。


組織全体にわたる「自主運営」をうたって、世間の一部から強い関心を集めている企業です。


ここも、業績はすこぶる良く、ここ数年間にわたって2桁成長を続けていました。


また、人びともおおらかで、明るい感じの人たちばかりでした。

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         <pubDate>Wed, 31 Aug 2011 14:29:48 +0900</pubDate>
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         <title>道具力は人工から、人間力は自然から</title>
         <description>期待する力が反対である以上、それぞれを動かす力も反対になります。


ロボットを動かす力と人間を動かす力を対応させたものがあります。


ロボットを動かす力が、指示・命令、答・知識、システム・手法という手段や道具によって構成されているのに対して、人を動かすものは、状況と人間によって構成されています。


・・・つまり、ロボットの場合は、状況と断絶され、それ向きに整備された人工的な力によって動かされていくのに対して、人間の場合は、状況との相互作用を中心とする、課題との相互作用、リーダーとの相互作用という、ごく自然な外とのかかわりで動いていくのです。


私は、「人を道具として」の人間観による場で人びとを動かすものを「管理」と呼び、「人を人として」の人間観による場でのそれを「リード」と呼んでいます。


したがって、管理からリードへの転換とは、「人びとと仕事とのかかわり合い」の場において、やらせの&quot;三本柱&quot;の、指示・命令を状況に、システム・手法をリーダーという人間に、答・知識を課題に変えていくことです。
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         <pubDate>Sun, 31 Jul 2011 14:29:08 +0900</pubDate>
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         <title>生産者の横のつながり　4</title>
         <description>農業やっていくのも大変だし、これからどうなってしまうんだろうという話になったとき、やめちゃえばいいじゃん、というのがお袋さん連中なのです。


今まで一番苦労してきたから言えるのかも知れませんが、友人と話していても、そのへんは共通しているように思えます。


そして、友人の奥さんたちが、これから農作業に参加してくれるのか、くれないのかは、これから農業をやっていこうという友人たちの大きな関心事なのです。


そしてそれは、あまり甘い状況にはないのです。


機械化して行こうとか、何か手がかからなくて面積を使わないものはないだろうかとか、これからどうなっちゃうんだろうみたいな話になってしまいます。


機械化といっても大型機械では動きが取れないような土地柄ですので、人手にかわっていろいろな作業をこなしてくれるように、いろいろ管理機械を揃えようということなんですが、それにしても大変な時代がくるように思えます。


ハイポニカとか植物工場的なものの誘いもあります。

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         <pubDate>Mon, 27 Jun 2011 14:06:23 +0900</pubDate>
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         <title>生産者の横のつながり　3</title>
         <description>ここでこんなことを言っていいものかどうかわかりませんが、私はまだ独身なのです。


私が気に入っても相手が気に入らないなんてことが多くて、今日まできてしまいました。


ところで、日本の農業は女が守ってきた、というのはよく言われることだと思います。


そして、『農業新聞』などを読むと、農業青年の集団お見合いというような記事がよく出ています。


どこそこの女子社員と、あるいは都会の女性と農業青年の交流会が行なわれた、などという記事を見ると、とってもうらやましいなと思う反面、なんか農業青年とかいうのが飢えた種つけオス的に描かれているんじゃないかと暗くなることもあります。


後継者の後継者まで考えた対策と言えないこともなく、また必要なのだろうとは思いますが、コダワリがあります。


これも農業の中に占める女の位置なんじめ、ないかという気がします。


男と女で作られている世界なのですから、あたりまえと言えばあたりまえなのですが。


そして、日本の農業を守ってきたと言われる女たちのことなんですが、僕のまわりでは、農業をやっていこうという気持ちがなくなってきているように思えます。

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         <pubDate>Fri, 27 May 2011 14:05:52 +0900</pubDate>
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         <title>生産者の横のつながり　2</title>
         <description>横浜、川崎という隣同士のところにも地域差みたいなものがあります。


土質や回りの環境、それに昔からの伝統みたいなものにより、作っている物の中で力を入れる物が少しずつずれていたりするのです。


そうなると、考え方にもそれぞれ特徴があって、ゆるやかにつながっていくなんて言っても、どのへんの範囲なのか難しいものです。


それがもっと拡大していけば、歴史とか気質なんてことも問題になってくるかも知れません。


どうも私は、袋小路に足を踏み入れるのが好きなようです。


こういうことはあまり考えるのはよくないのかも知れません。


しかし、百姓同士が横につながっていける場、話し合える場みたいなものは必要だと思いますので、個人的にではあれ、実践していきたいと思います。


そんな中で、公開し、影響し合えるものをもっていたいと思います。


とりあえずは、横浜・川崎地区ではじまりましたので、どんなことができるのかじっくり取り組んでみたいと思います。

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         <pubDate>Wed, 27 Apr 2011 14:05:24 +0900</pubDate>
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         <title>生産者の横のつながり</title>
         <description>みんなが同じレベルの物を作れば、競争なんかしなくてもいいのだが、それにもの足りなさを感じる人もでてきて、ちょっとレベルの違うものを作ると個性的ということになるのかも知れない。


その人が技術を公開してくれればいいが、そうじゃないと、また競争になってしまう。


公開の原則と貨幣経済を乗り越えたものがないと、競争はもうどうにも止まらないのかも知れません。


しかし、私が百姓の集まりなんかで聞いた範囲では、隣部落と競争するというか、足の引っぱり合いをするような産地間戦争なんかやりたくないというのが多くて、ましてや面白くてたまらないなどと言う人は一人もいませんでした。


農協とか経済連に利用されているだけなんじゃないかという声も聞くことができました。


同じレベルの物を作れば、というのにもちょっとひっかかるのですが、百姓同士で争っているというのも暗いと思います。


話が拡大して産地間戦争まできてしまいましたが、私としては、公開していくということを原則にして、ゆるやかに横につながっていけたらと思います。

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         <pubDate>Sun, 27 Mar 2011 14:03:53 +0900</pubDate>
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         <title>家庭で起こりがちな衛生的問題　9</title>
         <description>●牛乳


牛乳は、生まれたばかりの赤ちゃんには不適当です。


しかし生後6カ月以降は薄めた牛乳なら使用できます。


そのときも今述べた殺菌方法に従うこと。


●おしゃぶり


赤ちゃんはたいてい指やおしゃぶりを吸います。


どんな場合でも指やとくにおしゃぶりはきれいにしておかねばなりません。


おしゃぶりは汚染されやすく、居間の床やクッションの脇などに落ちていることが多いです。


したがって定期的に殺菌すること。
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         <pubDate>Fri, 04 Feb 2011 13:52:52 +0900</pubDate>
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         <title>家庭で起こりがちな衛生的問題　8</title>
         <description>●ミルクを作る


器具類の殺菌を終え、手をよく洗ったらミルクを作る準備をしましょう。


手順は次のとおりです。


1．新しく沸かしたばかりのお湯を使う。


2．そのお湯とミルクの粉を殺菌してあるビンの中で混合する。


量は使用法に従いましょう。


3．ビンを乳首とキャップとでふたをする。


4．きれいな冷たい水の中にビンを沈めてミルクを急速に冷やす。


5．触って冷たく感じたらビンを冷蔵庫に入れる。


缶詰になっている液体のミルクを使うのなら、缶をあける前に缶に熱湯をかけて表面を殺菌します。


殺菌ずみの缶切りで穴を2つあけます。


(1つは空気を入れるため。)


つぎに処方に従って作ります。


もう一度くり返しますが、混合したあと冷却し、すばやく冷蔵庫に入れることです。


もし冷蔵庫がなければ必要に応じてそのつど作り、すぐに飲ませましょう。

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         <pubDate>Fri, 14 Jan 2011 13:50:57 +0900</pubDate>
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         <title>ラムサール条約</title>
         <description><![CDATA[正式名称は「特に水鳥の生息地ラムサール条約として国際的に重要な湿地に関する条約」といい、一九七一年にイランのラムサールで開かれた国際会議で採択された。

条約上の湿地の定義は幅が広く、湿原や湖沼、河川、干潟のほか、水田やダム湖などの水場も含まれ、条約はこうした湿地の生態系と水鳥、およびその他の動植物の保護や人間との共生を目的とする。<a style="color:#2F32B5; text-decoration:none; font-weight:normal;" href="http://d.hatena.ne.jp/bosses/" target="_blank">エグゼクティブトレード</a>によると、わが国の場合、ラムサール条約の登録湿地としてはクッチャロ湖、ウトナイ湖、釧路湿原(いずれも北海道)と伊豆沼・内沼(宮城県)の四カ所が指定されていたが、三年ごとに開かれる条約会議が一九九三年六月に釧路市で催されたのを機に、次の五ヵ所が追加登録されることになったー厚岸湖・別寒辺牛湿原、霧多布湿原(いずれも北海道)、谷津干潟(千葉県)、片野鴨池(石川県)および琵琶湖(滋賀県)。



]]></description>
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         <pubDate>Thu, 13 Jan 2011 14:57:52 +0900</pubDate>
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