デポジット制度について

デポジット制度は、観光地など一定の区域に限定したローカルなレベルでは空き缶を対象にして全国20ヵ所余りで実施されています。


それを府県ないし首都圏といった広域レベル、ひいては全国レベルに拡大するのは非常に難しいことです。


これに比べ、乾電池については生産・流通・販売システムが缶飲料のそれほどに複雑でないことや、缶よりも小さく、規格も統一されていることから、リサイクルトナーと同じくデポジット向きの好条件を備えています。


こうしてデポジット・システムは、廃乾電池の回収方法としては最適であると思うのですが、業界の反対も予想され、その実現は容易ではないでしょう。


一方、清掃事業の一環として廃乾電池の分別収集に挑んだ市町村は85年6月に2552を数えていましたが、厚生省の「安全宣言」で88年6月には2098へと454も減少しています。


また、分別収集を取り止めるには至っていなくとも、実際には形ばかりのものになっていることから、回収実績が上がっていない市町村も少なくないのです。


けれども、以前と同じようにいまでも回収に努力をしている自治体もあります。


仙台や広島がそうでした。


家庭で起こりがちな衛生的問題 3

少量の薬品でも母乳にはいってきまするし、直接ないし長期にわたる影響を赤ちゃんに与えることもあります。


たとえば母親がペニシリン投薬を受けると、それに対し赤ちゃんも敏感になる可能性があります。


そうなるとおそらくペニシリンアレルギーをのちのち起こすでしょう。


疑問がある場合、いちばんよいのは医師に相談することです。


母乳に関する限り衛生的な問題はほとんど起きません。


ただし授乳の際、乳房や乳首は清潔に保つよう心がけるべきです。


赤ちゃんを乳首から離すのに口の中にやさしく指を入れてなだめている母親が多いですが、このためにも指をきれいにし、爪を短くしておくよう心がけたいものです。

家庭で起こりがちな衛生的問題 2

●母乳


母乳の与えかたについてこうしなければならない、というルールはまずありません。


また母乳と人工乳とではどちらが秀れているかなどという論議はここでの目的ではありません。


しかしさまざまな流行があるものの、母乳が赤ちゃんにとってすばらしいものであることはまちがいないでしょう。


これは当事者にとってみれば、理想的なものです。


母乳は手ごろにパックされており、使いやすく、持ち運びもでき、つねに正しい温度が保たれています。


しかも母乳には生後1カ月間赤ちゃんが外部かち感染されるのを防ぐ抗体が含まれています。


母親の食べたものが母乳を経由して赤ちゃんに影響を与えることはあり得ますし、ときには皮膚疾患や下痢などを起こすこともあります。


ある種の果物(とくにブドウのように酸性の強いもの)や炭酸飲料、ワイン、スパイスの効いたカレーなどは影響があると証明されています。


しかし、母親が疑いをもった場合、簡単に原因をつきとめることができます。

家庭で起こりがちな衛生的問題

一般の家庭には、多くの衛生的問題があると言わざるを得ません。


ここでは赤ちゃんや子どもたち、それにペットについて考えていこうと思います。


さらにピクニック、バーベキュー、大がかりなパーティなど特殊な例についても見ていくつもりです。


赤ちゃんの場合生後数週聞はとくに胃の病気や食中毒にかかりやすいです。


胃や腸に住みついて有害なバクテリアと闘うはずの有益なバクテリアがまだ十分には育っていないからです。


まして母親のあたたかで守りの固い所から、厳しい外部に出てきた赤ちゃんの感染防御システムはまだ動きはじめたばかりなのです。

政治学 6

近代的な西洋の政治システムと伝統的な非西洋のシステムとの相違点は、一般に誇張される傾向にあります。

西洋のシステム・モデルが政治構造の機能的特殊性を強調し、伝統的システムのモデルが政治構造・社会構造の非類別的・拡散的性格を過度に強調しているからでしょう。

機能的明確さ、および構造分化という点から両システムの相違を考えれば、西洋システムにあっては機
能的明確さを有し、規制的役割を演ずる分化された構造が存在しています。

一方、非西洋システム、原始的・伝統的システムでは分化が欠如しています。

例えば、近代的な政党制の発展は、利益集団やマス・メディアなどの他の構造による政治的補充機能の遂行も、政治的補充行為として出現するに先立って、政党制を通過し、政党システムによって処理される傾向にあることを意味しています。

西洋システムにあっては、立法部、行政部、官僚機構、裁判所、選挙制度、政党、利益集団、マス・メディア間に比較的高度の構造分化が存在します。

そして、各構造は全体としての政治システムの内部で、規制的役割ないしは役割を演じる傾向があります。

逆に、より原始的・伝統的・過渡的なシステムにあっては、構造分化の度合は多様であり、一般にその度合は低いです。

さらに、各構造の機能は相互規制的ではないのです。

極端な場合には、全機能的構造が存在し、ある場合にはそれが、家庭システム、経済システム、教会システム、政治システムの機能を断続的に演じます。

通常、未分化で、1次的な構造が政治的機能、統治的機能双方を営んでいます。

そこでは、家庭・教会・教育制度・経済システムすら、政治システムの重要な一部となり、政治的社会化・補充、利益表出、伝達などの機能を演じているのです。

しかし、既に述べたように、両システムの相違を過度に誇張すべきではありません。

いかに近代的であれ、どんなシステムでも伝統性と間歓性を完全に排除し得ないのです。

政治学 5

G.Almondは、政治システムの機能を政治的機能・統治的機能に大別し、それらをさらに次のように細分しています。

A インプット機能・・・政治的機能

1.政治的社会化・補充 
2.利益の表出
3.利益の集約 
4.政治的コミュニケーション

B アウトプット機能・・・統治的機能

5.ルールの作成
6.ルールの適用
7.ルールの判定


G.Almondの指摘する第3の特徴は、政治構造の多機能性です。


例えば、裁判所はルールを判定するばかりでなくルールを作成する(判決・判例という形で)

官僚機構は立法の最も重要な源の1つでもある

立法機関は行政にもルールの判定にも影響を及ぼす

圧力団体は立法を主導し、行政に参加する

マス・メディアは利益を代表し、時には立法を主導する

政治構造の多機能性は西洋の政治システム、非西洋の政治システム双方にあてはまる

政治学 4

いわゆる古典的な三権分立論が、立法⇒法の制定⇒議会、行政⇒法の実施⇒行政部、司法⇒法の判定⇒裁判所

といった単純な構造に立脚する限り、現実政治を分析する上でいかに説得力を持たないかが検討される必要があります。

先ず第1に、議会行政部などの分化された構造だけが、法の制定、法の実施といった機能を演じているのではなく、政党、圧力団体、マス・メディア、官僚機構などの多様な構造も複雑に関与していることが注意されねばなりません。

第2に、西洋の政治システム程には特殊化されていない構造が例えば部族長の発言がそのまま法の制定・実施・判定となる原住民社会を想起せよ西洋のシステムと同一の機能を演じていることに注意する必要があります。

ある社会では議会が法を制定し、ある社会では部族長が法を制定しています。

立法⇒法の制定⇒議会、といった単純な構造に固執することは、分化度の低い構造を備えた政治システムを研究視野から排除し、西洋の政治システムにのみ限定した理論を展開し、ひいては西洋社会の価値を絶対化することにつながっていく危険性を持っているのです。

そこで、特殊化された構造を記述するという作業と共に、一定の機能がAというシステムではどの構造群によって、Bというシステムではどの構造群によって演じられているか、を明確に捉えていく作業が並行して行なわれなければならないということになります。

政治学 3

G.Almondはまた、「国家一非国家」という分類を排除しています。

この二元対置は人類学、社会学、政治学の伝統的な分類図式でありますが、理論的にも操作的にも重要な問題を惹き起こすと言うのです。

「国家一非国家」という二元的分類は、政治的なるものthepolitica1を、特殊化された、目に見える構造の存在と同一視する伝統的政治学のアプローチから由来するものであって、特殊化された構造によって演じられる機能のみに政治過程を限定してしまう傾向に陥ってしまいます。

そうなった場合、国家と呼ぶには分化された、可視的構造をあまりにも欠如している非西洋社会や原始社会の政治を研究の視野から放逐してしまわなければならないでしょう。

たとえ間訣的であっても、また、どんなに突発的一時的なものであっても、そのような社会にも一定の政治的機能を演じる構造があるに違いありません。

国家一非国家の二元的分類に依拠する限り、この不毛性を克服することは出来ないのです。


「もし機能が存在すれば、構造があるに違いない。

たとえ、他の社会システムの隠れた場所やすき問の間にはまり込み、容易に発見できないとしても」(G.Almondand)


特殊化の進んだ西洋のシステムに見出されるすべての構造が非西洋のシステムにも存在するはずだとすれば、一体その構造をどこに位置付ければよいのでしょうか。

それぞれの構造の適正な機能を明確にするほかにないでしょう。

構造を記述するだけでは、限られた有用性しか獲得できません。

特殊化された構造の記述に機能的問題を加えて始めて生ける有機体としての政治構造が明確になり、政治のダイナミックな過程に関する正確な記述が可能になるのです。

政治学 2

(4)政治システムの文化の混合性

すべての政治システムは文化的意味で混合システムmixedsystemです。

合理性という意味での全近代的文化・構造もなければ、伝統性という意味での全原始的文化・構造も存在しません。

あるのは両者の混合状態だけです。

もちろん、両者の相対的な優位関係、混合パターンには違いはあります。


G.Almondは内的秩序・外的秩序を維持している社会で、政治構造、すなわち正当な相互作用のパターン(これによって秩序が維持されている)を持たない社会はないと考えます。

近代的システムの内部で見出される政治構造はそのタイプを問わずみな非西洋システム、原始システムにも見うけられます。

といっても、そこでの相互作用すなわち構造は時折生じるものであったり聞飲的であったり、はっきりとは見えないものであったりするかもしれないですが。

いずれにせよ、仮に構造など存在しないと仮定すれば、政治機能の遂行などなりゆきまかせに過ぎないという滑稽な主張を採用しなければならないでしょう。

政治学

政治機能に着目した研究者の指導的スポークスマンはGabrielAlmondです。

そこで、ここでは彼の見解を先ず明らかにし、その後の修正案を順次説明する方法を採用します。

G.Almondはすべての政治システムは次の4つの特徴を共有しており、この4つの特徴を持つ政治システム群が政治システムの宇宙universeofpoliticalsystemを構成し、各システムはこの4つの特徴によって比較できると主張します。


(1)政治構造の普遍性すべての政治システム

もっとも単純なシステムを含めば政治構造を持っている.ある意味で、もっとも単純な社会ですら、もっとも複雑な社会の内部に見られるものと同じ種類の政治構造を、1つ残らず持っていると言えます。

構造分化の度合と形体には相違がありますが、

(2)政治機能の普遍性

同じ機能がすべての政治システムの内部で演じられています。

といっても、その機能が演じられる頻度数、その機能を演じる構造・スタイルには違いがあります。

(3)政治構造の多機能性

すべての政治構造は、いかに特殊化されていようと、また、原始社会、現代社会を問わず多機能的です。

しかし、特殊化の程度には違いがあります。